建物タイプ
店舗
築年数
97年
費用
790万円
工期
5ヶ月
施工箇所
家全体、キッチン、トイレ、洗面、断熱
“築90年の元巻き寿司屋”からのスタート

下諏訪駅徒歩5分、オルゴール通りに面した「本田食堂」は、以前、上諏訪のレストランにて料理長を務めた本田由剛さんが独立して、2019年8月に開業しました。
本田さんが、築90年の元巻き寿司屋 八木寿司と出会ったのは、2018年のこと。当時の八木寿司は、外観が朽ちてボロボロ。店内も荷物が置かれて倉庫状態でした。「この物件でレストランはしないかな。でも、場所がいいから惜しいな…」と思っていた矢先、偶然にも八木寿司の息子さんと知り合い、その方からオーナーさんを紹介してもらうことになります。

今回、設計を担当したLayer Architects + Open Designの宮澤さんも、実はこの物件が本田食堂に向いているのではと、以前から気になっていたそう。駅徒歩5分で、しかも本田さんが毎月イベントをしているマスヤゲストハウスのそばという好立地。裏庭に育つ欅のシンボルツリー、レイアウトしやすい間取りに、一目見て「本田さんの人柄や、作り出す料理を包み込んでくれるような場所だ」と思ったと言います。

宮澤さん「本田さんとは元々知り合いで、開業するための物件を一緒に見て欲しいと言われて八木寿司さんを見に行きました。古くなった見た目や、物件の傾きはありながら、良い材料を使っていたので、断熱をしてきちんと手を入れれば良いレストランができる確信がありました。何より、本田食堂をきっかけに駅前が盛り上げっていく様子が目に浮かんだんですよね。まさかこの物件を薦めるとは本田さんも思っていなかったと思いますが(笑)、工務店さんと一緒にこの物件をオススメしたんです。」

物件の立地は気に入りながら、物件の古さに不安があった本田さん。宮澤さんからの強い後押しもあり「それなら」と築90年の八木寿司で開業することを決めました。

料理人の舞台をつくる

上諏訪のレストランのシェフを務めていた頃から、毎月のようにマスヤゲストハウスで飲食イベントをしていた本田さんは、下諏訪で開業する頃には住民にとってもすっかり顔馴染みの存在になっていました。

宮澤さん「今回の設計で一番こだわったポイントは、道路に面した立地を生かしながら、外からも中からも本田さんとお客さんとのコミュニケーションが生まれるように、どうキッチンを配置するかでした。本田さんの理想は、地域に開かれたレストラン。お客さんや、時には通行人とも会話しながら料理ができて、さらに言えば、お客さん同士が料理を通して繋がるようなレストランにしたい。そういう強い思いがあったので、窓とキッチンと客席の配置は何パターンも図面を引きました。」

結果、正面の通りに面した窓からも、店内のどの場所からも料理をしている本田さんが見える場所に厨房を設置することを決めたそう。また、厨房の周りは一枚板のテーブルで囲むことで、本田さんと近い距離で料理を楽しんでもらえるように設計しています。

宮澤さん「キッチンは、本田さんが輝く舞台です。だから、通行人も含めて、誰からでも見える場所にキッチンを設置することにしました。料理人が料理をする姿はかっこいいですから。
一般的なレストランでは、お客さんの席から調理をしている手元は見えないようにすることが多いのですが、今回はカウンターテーブルから調理をしている本田さんの手元まで見えるようにしています。作る過程も楽しんでもらいたいという、本田さんのこだわりです。細かいですが、カウンターテーブルの幅も、料理の配膳の仕方や、お客さんと会話がしやすい距離を考えて調整をしているんですよ。」

カウンター席の設計に対して、テーブル席は、大きな欅の木をシンボルツリーとして生かすため、中庭側に設置して、それぞれのグループがゆったりと食事を楽しめる配置にしています。

できることは自分たちで

今回の工事は、予算の兼ね合いもあり、本田さんや本田さんの友人、仲間にも手伝ってもらい進めて行きました。空き家期間が長かったため、まずは溜まったゴミを処分し、天井や外装を1つずつ剥がして、残せるものは残していきました。
厨房設備が残っていたこともあり、厨房のレンジフードやステンレスの板は、一度解体してパーツに分けて、本田さんと宮澤さんが丁寧に洗浄して、本田食堂でも引き続き使っています。

宮澤さん「本田さんのつながりで、現場には毎日誰かが手伝いに来てくれましたね。本田さんが天井を落として、柱や梁を磨いて、古いものは新しく新設しました。屋根もつぎはぎだらけだったので、雨樋(あまどい)のゴミを丁寧に取り払ってから、屋根を新しく上からのせています。内装の壁も外装も自分たちで塗りましたが、出来上がってみたら、塗りむらが、とてもいい味に仕上がって、みんなで喜んだりして。」

この他にも、ドアや窓枠、テーブルは、町内の木工作家さんにお願いをして造作で作ってもらったり、丸テーブルと椅子は町内の古道具屋「ninjinsan」から調達してきました。

宮澤さん「ドアや窓枠といった建具も家具も、お店の雰囲気を作る重要なパーツです。既製品でもいいんですが、この場所の思いを汲んで作ってくださる方に今回は依頼したかったんですよ。いろんな方に参加いただくことで、本田さんはもちろん参加いただいた方にも、この場所への思いは特別なものになっていくと思います」

古民家の雰囲気を生かした空間設計

天井を剥がして空間の広がりを作りつつ、出てきた柱や梁は、古民家の雰囲気を残すために、あえて見せることにしました。また、壁はクロスを自分たちで貼ることは難しいので、あえて未経験者でもできる塗装を選び、自分たちでできることを増やしました。

宮澤さん「天井を剥がしたことで、空間の広がりが生まれ、古材も生える空間に仕上がりました。そのため悩んだのが照明計画です。ダウンライトにするとどうしてもしっとりした雰囲気に仕上がってしまうので、カウンターテーブルの上は、ライン照明を入れて面的に光を当てることにしました。また、店内全体の照明は、壁の凹凸や古材をしっかりと見せるように設置しています。内装や外装の壁の光の揺らぎは、本田さんのコテの跡が残っていたり、素人さんが塗ったからこそ生まれた産物です。きれいだなぁと思わず見入ってしまうこともあります。」

こうしてゴミの除却・解体から始まり、内装変更、断熱施工、外装工事と進めたフルリノベーションの工事は約5ヶ月に及び、無事に終了。本田食堂はオープンを迎えることができました。

宮澤さん「今回の工事には、本当に多くの人に関わってもらいました。周りにいる人は本田さんが作った物語に参加したような感覚だったと思います。私もその物語に参加しながら、お客さんの気持ちになったり、本田さん自身の気持ちになって、何がベストな設計だろうとずっと考えていました。
今でも、駅前のオルゴール通りを通って、あの窓から本田さんを見かけると、この場所でレストランをすることを薦めてよかったと思うんです。オルゴール通りはお店も増えてきましたし、これからが楽しみですね。」

Before/After

施工前

施工後

売り場・厨房・倉庫の壁を取り払い、広いホール空間へと間取り変更し、キッチンと客席を設置しました。また、建物全体には新たに断熱を施しています。
キッチンの収納やレンジフード、柱や梁は一部状態が良かったため既存のものをそのまま利用しています。

施工前

施工後

築90年の八木寿司。2軒となりの店舗まで構造上繋がっており、リノベーションをする際には、他の店舗への影響も加味しながら設計を進めました。

施工前

施工後

荒れ果てていた庭は手を入れて、雑草と木々で隠れていた欅の木をシンボルツリーとしました。春になれば、外にテーブルと椅子を出して食事を楽しめる中庭スペースになります。

施工前

施工後

通りに面した壁は、あえて窓にすることで、厨房で料理をする本田さんの姿が見えるようになっています。また、通りがかったお客さんや、野菜を持ってきてくれる農家さんと料理をしながら会話ができます。こうすることで、本田さんが理想とする、地域に開かれたレストランを目指しました。

宮沢正輝さん

一級建築士

LayerArchitects+OpenDesignは、土地の風土や人のくらしを「Layer=層」のように、透かし重ねることで見えてくる、近い未来にふさわしい生活の場やモノコトを生み出すアトリエ・建築設計事務所です。

くらしのアトリエ LayerArchitects+OpenDesign

〒393-0053 長野県諏訪郡下諏訪町上馬場 5496-23
0266-78-3847
info@layer-architects.com
https://www.layer-architects.com

施主コメント

たくさんの人の力を借りて完成した本田食堂

29歳でサラリーマンから飲食の道に入って、神奈川県から上諏訪に移住し、2019年に下諏訪で独立しました。

上諏訪で料理人をしていた時に、マスヤゲストハウスさんのご厚意で、2年間毎月料理イベントをしていたんですが、それがきかっけで知り合いもできて、下諏訪で開業することを決めました。元々、お客さんの顔や人柄がわかる距離感で料理を提供したいと思っていたので、人との距離が近い下諏訪の雰囲気はその想いにぴったりで。飲食店をする上では、駅から近いことや、歩いても家に帰れることも下諏訪で開業を決めたポイントでしたね。

上諏訪のレストランで働きながら物件を探しましたが、1年ぐらいは不動産サイトで探していたと思います。その中で、出会った人たちに開業を考えていることを伝えると、人のつながりから物件を紹介いただけるようになり、今の物件にも出会いました。
見た目の古さに「絶対にこの場所でレストランをすることはないだろう。でも、立地がいいしなぁ」と気になっていたら、一緒に内覧に言った建築家の宮澤さんに、まさかの太鼓判を押してもらって(笑)
建築家の視点でアドバイスをいただき、しっかり手を加えれば問題ないことがわかったので入居を決めました。あの時、宮澤さんと一緒に内覧に行かなかったら、今の本田食堂はありませんから、宮澤さんには感謝でいっぱいです。

工事は下諏訪のお客さんをはじめとして、前職の同僚など、たくさんの方に手伝ってもらって、なんとか完成しました。今でも「ここは、あの人が塗った場所だよね」とお客さんと話すこともあるんです。それぐらい、僕にとってもお客さんにとってもあの時間はよい思い出になっていますし、あの経験のおかげで、僕にとってなくてはならない場所になったと思っています。毎日ああでもない、こうでもないと宮澤さんと言いながら、作業をした日々は、本当に楽しかったですよ。工事の最後の方は、ほぼ寝ずの仕事だったりして。

皆さんのおかげで、自分の店を持つことができて、ここまでやってくることができました。今後もひたすらに美味しい料理と笑顔を作れるよう頑張っていきたいと思います。

本田由剛さん

施主

神奈川県出身。2011年に東京都から諏訪市に移住。
2019年8月より「本田食堂」をスタート。

本田食堂(飲食店)

下諏訪駅徒歩5分。お店で提供する料理は洋食をベースにした創作料理。信州の新鮮で魅力的な食材のおいしさを最大限に伝える食堂です。事前予約の上、お越しください。

営業時間:ランチ 12:00〜14:00 | ディナー 18:00〜22:00
休業日:主に月・火曜日

〒393-0056 長野県諏訪郡下諏訪町広瀬町5382
080-8729-6671
店舗HP